メッセージ
SoSO Groupeトップメッセージ LinuxMania   Application Universe   Aozora Viewer    Official SoSO Blog in SPress
メッセージ

公衆便所の落書き 2005/11/28

 「書を捨てよ街へ出よう」は寺山修司の有名な言葉だけれど、ド田舎の少年だった私は、本屋でそのフレーズを初めて目にしたことを印象強く覚えている。
このフレーズは、書という体系化された秩序の世界を捨てて、無秩序で唐突で理不尽な都会の世界へとアジテートする若者への殺し文句だった。

 寺山修司という人は、

東京東京東京東京東京東京東京東京東京東京東京

と気恥ずかしいまでに東京への憧れを表現し、都会人からすれば鼻をつまみたくなるような田舎モノの臭い憧れの詩的表現をやってのけた人だった。(そう考えると東京出身の三島由紀夫はつくづく対極にいるんだなと思う)

 寺山修司は都会の公衆便所の落書きに詩を感じ、それをモチーフに散文まで書いている。いわば彼は公衆便所の落書きを文学にした。

 田舎モノたちにとっての「東京」という場所は総じて、「公衆便所の落書きのように詩的」な場所であったと思う。
-あった、と過去形なのは今の若者にとってもそうだと断定できないからだ。

 便所の壁には、哲学的な言葉の右に卑猥な言葉があり、卑猥な言葉の上に政治思想を呼びかける言葉があり、その左には恋の成就を願うアイアイガサがペンで書き殴られている。
その壁の言葉の一群は、駅前の本屋の書籍や学校の先生が語る言葉の世界とは全く異質だった。公衆便所の落書きの、無秩序で卑猥で唐突な言葉の世界こそが都会の都会たる意味だったと。

 2005年の今、公衆便所の落書きは存在するのだろうかと考えたら、そういえば最近は見た覚えがない。
私の話で言えば、90年代前半の大阪北新地の公衆便所はひどいもんだった。田舎から出てきた私は、公衆便所の落書きを見て、自分が都会に来たことを大真面目に実感したものだった。

 それよりも、インターネットの登場で、哲学の言葉の隣にアイアイガサが書き連らねられる無秩序は、都会の公衆便所にわざわざ行かなくても、ネットに繋げばよくなったんではないか。そんな時代では、「書を捨てよ街へ出よう」、という言葉は、今の若い子たちにとってどれほど想像力を刺激する言葉なんだろうかと思う。
寺山修司が今の時代に生きていたら、巨大掲示板2chのことを見事に詩的な表現をしてくれただろう。しかし一方で「書を捨てて街へ出よう」といフレーズで若者たちをアジテートすることもなかったのではないかと思う。
インターネットが社会を変えた、というならそういうことかと思っている。


written by 株式会社ソーソー代表取締役 下野友哉