怪僧 2006/01/31
ロシア帝政末期にラスプチーンという怪僧がいて、皇后に取り入り権勢を振るったが、淫蕩で不気味な逸話とイカガワシサで当時も今も評判が悪い。
日本でも奈良時代に道鏡という怪僧がいたので、こういう、「経歴、見識関係なく胡散臭さを武器に、突如、世間から持ち上げられる」現象は古今東西あるようで、民主主義が発達した現代の日本でも、「怪僧」たちは周期的に登場するように思う。
胡散臭くて怪しいのが人気の理由となる。
世間を賑わしているその「怪僧」の語る言葉に耳を傾けても、見識が実に浅はかなんだが、その浅はかさが余計に魅力となってしまう。しまいには政治家などの権力側の人々も持ち上げ始めるのだから始末に終えない。
逆に、見識が深く真っ当に端倪すべからざる人には、
「正し過ぎてツマンないのよね」
と言い出すのも人の心理なのだから妙なもんだと。
真実というのは、いつもの朝食のテーブルのように詰まらなく見えるもんだと思う。
トリッキーで派手で、意表を突くことが真実であることは少ない。
真実が一見、退屈であるとき、退屈という魔を指して入り込んでくる心の闇が常にある。
周期的に世の中に登場する怪僧たちは、世間の心の闇を体現していると言えなくもない。
written by 株式会社ソーソー代表取締役 下野友哉