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叙事詩 2006/03/24

 日本の「野球」というスポーツは、その歴史自体が劇的な要素を多く
持っている。
以下、知る限りの知識からの駄文。

1935年、沢村栄治や水原茂などの日本代表チームがアメリカへ修行遠征に出て、それから日本のプロ野球が発足した。
日本プロ野球発足のため、スポーツの職業化に成功している米の視察と、野球技術の向上が目的で、Japanという国の名前さえ知られていない全米の各地を巡って、 128日間2万キロの移動で109試合をしたというから、土埃の中での過酷な遠征だった。

 君はなぜ一塁へ全力疾走しないのか?
と米チームの監督に日本の選手が指摘されるなど、遠征で得たものは、
技術よりも精神面での勉強が大きかったというから、アメリカのベースボールは全てにおいて憧れと畏敬の存在だったのだろう。

 その遠征後、日本のプロ野球は発足し、現在の巨人や阪神が編成されるが、時を待たずして太平洋戦争が始まり、プロ野球は中止され、アメリカ遠征
メンバーの多くは戦争へ召集される。

 「時々塹壕の中でアメリカ遠征などを思い出します。みんな夢のようです」

沢村栄治は太平洋南方の戦場からそんな手紙を書いたという。
ベースボールへの憧れと情熱に半生を生きた男が、アメリカを相手に銃器を握っている。
その手紙を書いてまもなく、アメリカ軍の攻撃を受けて彼は27歳で戦死する。
アメリカ遠征からその手紙までが10年にも満たないことを想うと、
話を聞いているだけのこちらも呆然としてしまう。

 2006年WBC予選リーグの日米戦で誤審があったとき、王監督は、
「野球が始まったアメリカであってはいけないこと」と言ったというが、
その言葉の重みは、野球に対してひたむきな歴史がある日本の代表だから
こそだと思っている。

 第1回WBCの決勝がアメリカの地で日本とキューバという国であったことは
何かを暗示しているように思えた。
70年前のアメリカ遠征の光景を想像してみれば、テレビのブラウン管に映った両国代表メンバーの風景は、長年の一野球ファンとして叙事詩のようだった。


written by 株式会社ソーソー代表取締役 下野友哉