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良心 2007/06/27

 知人と年金問題の話をしているとき、何の拍子か「結局、私は資本主義を信奉しているんですよ」と言ったことがあって、大げさなことを言ったなと、、後日考えていると、イデオロギーな話ではなく(そもそも出来ない)競争原理のない世界を全く信用しない、という単純なことを言いたかったのだと。

 独占禁止法という法律の発明は、私にとって三権分立に匹敵する発明である、一党独裁の政治体制は嫌いである、小学校の運動会の徒競走に一等賞が無いのはありえない、
----言いたかったのはそういう他愛もないことである。

 職業的良心という言葉がある。

 職業的良心とは何かというと、たとえば教師という職業であれば、50分という授業で、出来る限り多くの生徒に理解してもらうということに集中している心的な緊張感のことである。
 ”50分経過すれば給料がもらえるので教科書を適当に読ませておけばいい”と考える教師は、職業的良心が欠如している状態である。

 ”分からない生徒には就業時間を越えて教えなければいけない”、とするのは別次元の精神論の話になり、”生徒を愛さなければならない”、というのは哲学的、宗教的範疇の話になる。
 一方、「職業的良心」とは、仕事という時間と空間が限定された中で、心的充実したサービス状態を作り出せるか、ということであり、比較的に数量化しやすい類のものである。

 社会の棲みよさというのは、社会に充満する職業的良心の密度の濃さだと思う。

 で、この職業的良心というのは、個人の資質で高く保てる人もいるが、社会全体で考えた場合、職業的良心は「競争」という原理からしか生まれないと思っている。
個人の資質の問題ではなく、制度設計の問題である。
 ほとんどの人は、私も含めて性堕である。競争がなければ緊張をなくし、緊張がなければ良心も無くす。
「この仕事について、明日から自分以外の誰かが選ばれるかも知れない」
「自分よりさらに適した者に選ばれるかもしれない」、
そして「自分が選ばれ続けるにはどうしたらいいのか」、
という危機感から職業的良心は高まる。

 社会保険庁が問題になっているが、何がここまで攻撃対象にさらされるかというと、今までの社会保険庁にこの職業的良心が致命的に欠けているからだろう。
社会保険庁や年金を司る組織には、競争がなく、責任がなく緊張感もない。

 競争原理が働かない世界には、働くように対流を起こさなければならない。
対流を起こす制度設計せずに、組織の看板だけ変えても意味がない。
 どんなサービスにも、競争原理が底流として流れ、職業的良心の密度を高まっていくことを望んでいる。


written by 株式会社ソーソー代表取締役 下野友哉